空はすっかり闇色に染め上げられ、ツンと鼻腔を突くような張り詰めた空気が支配を広げる頃。
夜食を断ったばかりの俺は、することもなくシーツの波に埋もれようとしていた。
係りの人の手によって施された完璧なベッドメイクを崩す瞬間は、申し訳なさ半分快感半分で、なんともいえない高揚を覚える。
ふらふらと頼りない足取りになってしまうのは、久々に晩餐を共にしたリボーンが無理矢理、俺にワイン一本を空けさせたからだ。
涼しい顔をして杯を傾けていくリボーンを前に、さして強くも弱くもない俺はひれ伏すしかないわけで。
俺の酒が飲めないのか、と意地悪そうに笑む顔が思い起こされて、なんだかムカツク。
…ともかく、無意識の内にも私室へ戻ってこれた俺の本能に感嘆の意を示そうではないか。
すごいぞ俺。
上着をソファに放り、タイを床に投げ捨てて、重力に引き寄せられるままシーツへダイブ。
体重を受け止めたスプリングが数度反動を宿すものの、揺さぶられる感覚すら大気に撫でられているようで心地よさを感じ始めた。
波間を漂うようなふわふわとした感覚が、気持ちよくってたまんない。
火照る頬に手の甲を当てれば、ひんやりと浸透する冷たさに瞼が落ちていく。
波打つシーツの白さが、閉じた目の奥でも瞬くように輝いて。
白銀の……柔らかい感触。
胸が弾んで、いつまでも離せなくなる、中毒性のある優しいぬくもり。
まどろみの中、浮かんでは沈む、発熱する感覚。
必要不可欠な存在。
その名は……フトン。
………そして。
「スク………」
吐息混じりにこぼれ出た名を自覚せぬまま、真白にきらめく夢路へと、俺は健やかに落ちていった。
ヒヤ、と背筋を、肩を、頬をなぞる風にふと意識が浮上する。
視界が、黒に塞がれていた。
仰向けに転がったまま手足をもぞもぞと動かしてみれば、触れる感触がすべらかで、皺の寄る感覚が指先を満たす。
ベッドだ。
見慣れた天井が、次第に形を成していく。
ぼんやりと定まらぬ視界に呆けながら思い起こせば、俺は酔いにまかせて眠ってしまったのだと自覚した。
暖房も、電灯も点けずに倒れこんだベッドは、徐々に夜闇へ慣れていく瞳のおかげでうっすら白く浮き上がっているように見える。
窓が、開きっぱなしなのだろう。
月光が、俺を照らしているのだ。
顔を傾けてみれば、ぼんやりと伸びる影が光の濃さを如実に示した。
月が、眩しい。
掛け布団もなく、上着も纏わない身に、夜風は容赦なく肌を掠めていって。
「……っ」
ふるり、と肌と肉が震える。
冬将軍の迫る季節に、ワイシャツで無防備に寝こけるのはよろしくないようだ。
ふわっと、一陣の風が俺を包む。
もう一度身体を震わせて、俺はそっと身を起こした。
ダルさに渋る身を無理矢理従わせ、上体を傾がせながら、膝を立てる。
未だうっすらと酒気に捕らわれている意識を、冷ややかな風がからかっているのか。
時折吹き込む夜気が、思考をクリアにしていって。
とにかく、開きっぱなしの窓を閉めてやらねばと、やっと思い至りながら。
視線を投げた。
なんとなく、ぼんやりと、ふと傾けた視線の先。
同時に、カタンと物音がして。
「………!」
「腹出して寝やがって。風邪でもひいたらどうする気だぁ」
窓枠に足を掛けながら、こちらを覗き見る人影に、気づく。
「電話では『ケガのひとつでも』って言ったがなぁ…病気も同様に、容赦しねえぞぉ?」
室内へ招き入れられた風に遊ばれて、月光を照り返す銀糸が流れていく。
夜闇より深い黒を纏い、月光より眩い輝きを放ちながら。
悠然と、陶然と、いやらしく微笑む表情。
見慣れた、けれど、焦がれた人の姿。
「スク、アーロ?」
「なんだぁ?幽霊でも見たような顔しやがって」
失礼な奴だな、と鼻で笑われてしまったけれど、不快感なんて、微塵も滲んでこなくて。
瞳を細めてうっそりと笑む、その人に捕らわれると思った。
捕えたい、と。
「スクアーロ…!」
思わず、ベッドから飛び降りていた。
転びそうにもつれる足を叱咤して、絨毯の上を駆ける。
裸足の指の間を擽る毛の感触がこそばゆい。
少し掠れてしまった寝起きの声も気にならない。
汗の滲んだ肌も、寒さなんて知りもしない。
どうでもいい。
精一杯腕を伸ばして。
捕えたい、と、望んだ。
夢でないように。…もし夢であるならば、まだ覚めるな、と。
伸ばした指先が。
「う゛お゛ぉい、俺がいなくてそんなに寂しかったのかぁ?」
からかうように吹きかけられた吐息を捕まえる。
霧散してしまわないことを祈りながら、力いっぱい両手で彼を抱き締めて。
背へと達した腕が、絡むように密着を願う。
「本物、だー……」
「俺の偽者がいたのかぁ?」
「夢かな、と」
「夢ですませるなよ」
身体を大事にしなかった分、覚悟しておけよぉ、と笑う声音が俺の背筋をぞくぞくさせる。
鋭敏になった神経が、抱きしめ返してくれたスクアーロを体中で感じようと必死に働いていた。
スクアーロの胸元に押し当てた耳が、少し早めの鼓動を感じ取って。
ドキドキしてるのは俺だけじゃないじゃん、となんだかおかしくなってしまった。
孤独の魔法が、解ける。
触れ合った先から、熱が生まれる。
「おかえり、スクアーロ」
「……ああ」
ゆっくりと髪の中に差し入れられた掌に誘われて顔を上げた先には、薄く笑む彼がいて。
降りてきた唇を感受しながら、はぁ、とやけに熱い息を感じて。
朝食も、昼食も、お茶も、晩餐も、今日は全部一緒がいいと、誘おう。
月光眩い窓辺に寄りかかり、溢れ出る熱を共有しながら。
こっそり心に決めて、強く引き寄せられた腕へと、堕ちるみたいに、身を委ねていった。
05:深夜0時、シンデレラのような
……シンデレラっぽくないのはわかっているのですが…これが私なりの精一杯★
これにてこのシリーズは終了です。
お付き合いくださいまして、ありがとうございましたー!