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金剛堂日記


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お付き合いくださる方はまだいらっしゃるのでしょうか…。
長らく間を空けてしまいました。申し訳ございません!
PHANTOM14回目でございます。
……14回目、ですよね…(確かめろよ)

初めてご覧いただく方は、1の注意書きからお目通しいただけますと幸いです。

ではでは、つづきへどうぞ~





「人間、だった?…スクアーロ、人間『だった』の」
音もなく腰を浮かせ、ベンチに腰掛ける俺の正面へ。
肩膝を地面に付いたスクアーロは再びこの身を囲うため、背もたれへ、腰辺りへと両の掌をつく。
座る俺と眼前で跪くスクアーロ。
俺が逃げ腰で猫背なせいか、はたまたスクアーロが規律に従順な騎士の如くピンと背筋を伸ばしているせいか。
向き合う視線はほぼ同じ高さでぶつかり合っている。
近距離で見上げる瞳から視線を逸らすこともなく――いや、逸らすという動きすら取れないまま、俺はふと零れた本音を唇に乗せていた。
『人間だった』
それは、流してしまうには重く、分かち合うには度し難い事実――のはず。
なのにスクアーロの言葉が俺の芯へともたらしたのは己さえも目を見開くほど平坦な『凪』だった。
スクアーロが人ではないことは、今まで共にしてきた行動や振る舞いによって理解しているつもりだった、けれど。
心のどこかで疑っていたのかもしれない。
なんらかのトリックで、俺の目を晦ませて――本当はなんのことはない、俺と同じ人間、で。
だってスクアーロの姿形はどこからどう見ても理解の範疇を外れることがなかったから。
俺に触れようと伸ばされる指先にはいつだってほんのりゆるやかな温度があった。
犬歯がやけに長いとか爪が異様に鋭いとか、そんな変化はひとつも見当たらず。
気配のなさと時折見せる破壊的な跳躍力だけがスクアーロの異常性を思わせていたけれど。
でも。
だって。
しかし。
やはり。
人間『だった』ということは、今は――今は、人ではない、ということなのだろう。


「人間じゃ、なくなった、ってこと?」
「ああ。外見は変わらないが本質が変わったからなぁ」
血の色が青いとかそういうんじゃないぜぇ?
にやりと笑んで茶化そうとする素振りさえ、今は俺の琴線を微動ほどにも揺らしはしない。
ただ、冬の寒風によく似た空気が肺の中を満たしていくような、揺らぎが―――。
いや、揺らぎとは、少し違う。
晒された寒さに凍りついて、動けないような。
そんな、波のない心の氷海がどんどん広がって、侵していく感覚が俺を支配する。
「まずは……不老になった。次に不完全ながら不死だと知った。ついでのように人ならざる体力と特殊な力をひとつ得た」
「ひとつ?」
そっと俺の両肩へ掌を置いたスクアーロはふと目線を俺の膝へと投げ落としてから、ゆっくり唇を震わせた。
「……魅了、って言っても、意味わかるかぁ?」
「その言い方って、俺のこと結構馬鹿にしてるよね?」
「ふん。気付けるくらい頭回ってたのか」
するり、と肩から二の腕へと掌を滑らせたスクアーロは息を零すと同時に瞳を緩め、斜め下から覗き込むように首を傾げた。
伺い見る体勢で、俺を上目に見上げながらゆっくりと口端を吊り上げていく。
「お前にも一度使ったんだが……感度が良すぎて効きすぎたんだっけな」
「か、感度って…」
スルスルと服の上を滑っていくスクアーロの掌は、とうとう俺の手首へと到った。
掌と腕の付け根。
骨がひっかかるようにして止まったスクアーロの指が、俺の手首にそって微かに力を込めたのを直接的に感じながらも、振りほどく理由を思いつかなかったが故にされるがまま、受け入れるがまま。
きゅっと握られた両手首それぞれが、ドクリと脈打つのにそっと背筋が震えた。
「他者の目を晦ませ、意思を捻じ曲げ、生じた隙に己の思念を植え付ける。簡単に言えば強力な暗示だな。――お前を攫った時、問答無用で眠らせただろう」
「………あ」
あの時、か。
俺が家を飛び出した夜。
出会った白銀から発せられた一言は俺の脳へと鮮やかに焼け付いて。
瞬時に堕ちた意識が戻ったのは、三日後、だったか。
『眠れ』
たった一言に。
大きな月と見紛うほどの鮮烈な輝きを前にして。
……ああ、そうか。
美しさに目が眩み、入り込んできた言葉の全てを意識が理解する前に身体が受容してしまった、あの現象は。
「魅了…」
「不思議に思ったこと、ねえのか?町に住む人間どもが、歌に存在する不吉な黒の館があることに疑問も恐れも抱いていない現状を」
町のどこからでも見える位置に聳え立つ丘の上の、木々に囲まれた不気味な館。
真黒のそこに人を喰らうという怪人が住みついているという歌は、世間をよく知らない俺ですら知っている伝承だった。
「壊すことも封じることもせず、何の疑問も興味も抱かず、悪戯半分に訪れる者もない現実を疑ったことは?」
…言われてみれば、そうかもしれない。
現状は危ぶむほどにおかしい。
歌や伝承を信じる人がいないにしても、悪戯心を擽られるままに遊びの範疇で近付く子供もいない、というのは無関心が過ぎるのではないか。
それを大人が禁じているにしては、封鎖や立ち入り禁止を呼びかける物のひとつも見かけないのは異様。
まして館を覆う森は昼間でも薄暗く、子供らが立ち入るには危険を伴う。
なのに、阻むことすらしないのは、何故。
「……今気付いたって顔だな」
「そ、れは――そうだけど。でも、俺、あんまり外のこと知らなかったから」
スクアーロから指摘されなければ、ずっと気付かないままだったかもしれない。
自然なことと受け入れて、見逃していくほど、自然に溶け込んだ異常だから。
「でも、じゃあ、なんで」
「さっき言っただろ。目を、晦ませると」
じわりと瞬いたスクアーロの瞳は、陽炎とオーロラを混ぜ合わせたみたいな色をしていて。
思わず呼吸を詰まらせるほどに、俺の心臓を収縮させた。
……なんてことを言ってのけるのだろう。
魅了。
目を晦ませて、他者を従わせるのだと。
じっと俺を見下ろすスクアーロの眼差しは、今まさに俺を貫かんとする大きな氷柱のよう。
冷ややかなのに、秘められたエレルギーは決して冷たくはない。
そこに嘘も見栄も虚実もないのだろう。
――いや。
だからといって。
「町の人間、全員なんて……何人いると――」
町に住む人々全てが疑問を抱かないというのなら、それは、スクアーロの力が全員に効力を持っているということ。
だけど、そんなことって――。
「それは少し違う。町の人間という縛りではなく、町に踏み込んだ人間、全てだ」
目を見張って否定を漏らそうとした俺の言葉を遮ったのは、それすら覆いつくすほどの範囲指定だった。
ありえない、と切って捨てるには確証の足りない現実がここにある。
「そうしなければならなかった。そうせざるを得なかった。……全ては俺のエゴの為に」
握られた手首に熱が宿る。
グルリと手首を回るスクアーロの指が、意を決したかの如く密着したからだ。
カチリとかみ合った視線は外すことを許されない。
けれどそこに、『魅了』の光はいつまでたっても宿る気配をみせなくて。
「捨て去るべきだった微かな可能性を、手放せなかったが、故に」
全身全霊をかけて、己を囲う環境から存在を晦ませた。
空気と成り果てるよう。
何者にも悟られることのないよう。
孤独を代償に、血塗れの舞台に幕を降ろした。

引き絞った唸りによく似たスクアーロの訴えに、俺の内側はズクズクと痛みを増していく。
何を、感じ取っているのだろう。
意味などわからないはずなのに。
肺が痛い。
腸が痛い。
指先が、芯の方からビリビリと痺れにも似た痛みを纏う。
スクアーロが背負うものを、何一つ知らないはずなのに。
何故―――今、こんなに。
「あの日、告げられなかった答えを伝えるためだけに――」
目が、心臓が、肺が、骨が、身体の内側の全部が――軋むように熱いのか。


「気付いていたはずだった。けれど見ないフリをした。否定することでしか、俺は俺を保つ自信がなかった、から」
途切れた語尾に合わせて、スクアーロは懺悔の如く頭を垂れた。
サラリサラリと耳の裏から零れ、肩を滑り落ちていく銀髪は滝を流れる清水のよう。
傾き、熱と輝きを増していく太陽に照らされて鋭く輝く様が不覚にも綺麗だと思ってしまった。
俺の前に跪き、肩を落として背を丸めるスクアーロの姿は、罪を嘆く聖人を俺に連想させる。
聖人なんてガラじゃないのに。
触れて、抱き締めて、もういいからと。
悲痛に臨む彼の姿を見ていられない気がして。
「叩き落された後悔の海で、俺は俺のエゴを選択した。だから――」
制止のために動かそうとした指がピクリと震えて静止した。
ゆっくりと引き上げられる銀の瞳。
外気に馴染ませるようじっくりと瞬く瞼。
引き結ばれた唇の端は微かに下がり、俺の心の琴線を叩いた。
脳内で鐘が鳴り響く。
「百年の孤独も、この先に待つ地獄の扉も、忌々しい呪縛にも、感謝を捧げたっていい」
この手に至福を抱くのは一瞬だって構わない。
真っ直ぐに告げたスクアーロの肩がひとつ、大きく上下する。
俺には阻めない強い決意をそこに見たような気がして。

ディンドン。
それは時を告げる?
それとも全ての祝福を願う?
もしくは警戒をもたらすための――。
二の腕がじくじくと縮みあがるような感触に苛まれる。
悩ましい傷み。
これは、なんの予感なのか。
彼の言葉を聞いてはいけない。
どうして?
だって、きっと、俺は、多分。

どこからかもたらされる自問自答。
纏まりを見せない思考に溺れる俺を掬い上げるかのように、手首を掴んでいたスクアーロの掌が指先へと滑り降りた。
じわりと伝わる熱。
騒ぎ立てる血の脈動。
そっと引かれた指はスクアーロの手の中に収められ。
晒された手の甲は、受け皿となる。
拒絶に跳ね上がることも、驚愕に強張ることも忘れた、無防備な――いや、きっとそうじゃない。
俺は。




















「お前を愛してる」










ディンドン。

鐘が鳴る。




そっと俺の手の甲へと落とされた、かさついた感触。
瞬間、呼吸を忘れた俺の目尻を滲みあがる熱が支配して。
「っ……」
溢れ出た呼気の熱さに唇が痺れた。


 

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